相続遺言判決実例集…(佐賀家審・昭和41年3月31日家月18巻11号67頁)


  • (佐賀家審・昭和41年3月31日家月18巻11号67頁)
 

(佐賀家審・昭和41年3月31日家月18巻11号67頁)


 (佐賀家審・昭和41年3月31日家月18巻11号67頁)

「……被相続人AはBと結婚後,家業である農業に従事,田地四町歩を耕作していたが、事件本人ら12人の子をもうけた。事件本人Cは旧制農学校卒業後、父母と共に農業に従事,昭和9年に満州に渡り,事件本人Dも旧制中学校卒業後昭和7年渡満それぞれ妻帯独立の生活を営んでいた。昭和19年前記Bが死亡,その後は被相続人と四女B1,六女B2、七女B3の4名で農地を耕作維持していたところ,今次戦争終結により昭和21年事件本人Cが,昭和22年事件本人Dがそれぞれ家族を伴い,被相続人の許に引揚げ,それぞれ農業を手伝っていた。ところが,このように被相続人宅は急に大家族となったため,間もなく同居家族間の緊張感がたかまり,特に被相続人や前記B、,B2,B3らと事件本人両名の妻との間の不和がこうじて事件本人両名と母,妹らとの間が不仲となり,事件本人両名は昭和23年相前後して被相続人宅を出て,それぞれの妻子と共に独立生計を営み、現在は事件本人Cは佐賀食糊事務所に勤務,同Dは菓子製造業を営んでおり,一方被相続人は死亡時まで前記B2、B3と同居して1町9反の農地を耕作していた。しかして,事件本人らが被相続人と別居後時折同人宅を訪れることがあっても被相続人に財産目当に気嫌とりに来たと言われたりして,ことごとに疑いの目でみられることを意識していた。事件本人らが被相続人と別居するに至った事情が前記のとおりであるため,事件本人両名と被相続人間が疎遠となり,被相続人の住宅が昭和39年5月火災焼失した時も,或いは火災後被相続人が貧血症で約1週間入院した際も前記事情から被相続人を見舞うことをしていない。以上認定した事情のもとにおいては,事件本人両名が被相続人に近寄らず火事見舞,病気見舞をしなかったことも,あながち事件本人両名の責にのみ帰せられるべきではなく,被相続人の行為もその原因の一端をなすことがうかがえるし,これをもって直ちに事件本人が被相続人を遺棄し或いは虐待し又は重大な侮辱を加えたものとは認められない。そうだとすれば,事件本人両名には民法第892条にいわゆる「被相続人に対して虐待し,もしくはこれに重大な侮辱を加えたとき又は推定相続人にその他の箸るしい非行があった』ものと認める事情は存しないと言うべきである。」

 


 

 


 

 
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